Trip

Issue : 54

LOST LINDENBERG|旅先で「ただ在る」贅沢

「泊まるように暮らす人・建築家・谷尻誠が綴る旅エッセイ。第二弾となる今回は、インドネシア・バリ島の手つかずの自然が残るメデウィビーチに佇む「LOST LINDENBERG」へ。滞在を通して、自然と共鳴し、心と体が解放されていく“もう一つの暮らし”の体験を掘り下げます。

Profile

谷尻誠

建築設計事務所「SUPPOSE DESIGN OFFICE」設立。国内外多数のインテリア・住宅・複合施設プロジェクトを手がける。穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授。新しい考え方や関係性の発見をテーマに建築の可能性を提案し続けている。また、昨今は様々な事業を立ち上げる起業家としても活躍。22年4月にテレビ東京系列の「カンブリア宮殿」にも出演。今最も注目される、建築家。

  • 「旅先で暮らすように泊まる。」

     

    一見、矛盾しているようでいて、でもとても本質的な気がする。

    旅先で“暮らす”なんてできるの?と思うかもしれないけれど、その場所の空気に身をゆだね、リズムに合わせ、土地と共鳴するように過ごすことで、旅は単なる移動や消費ではなく、「日常の延長線上」に変わっていく。

     

     

     

    バリ島の西側、観光地としてはまだあまり知られていないメデウィビーチからほど近くのプクタタンという村に、その感覚を体ごと思い出させてくれるホテルがある。

    名前は『LOST LINDENBERG』

    わずか8部屋のスモールラグジュアリーホテルだ。

     

    この場所にたどり着くには、バリ、ングラ・ライ空港から3時間ドライブがマストで少しだけ冒険が必要だ。

    舗装された道路を外れ、緑のトンネルを潜ると、まるで秘密の場所に招かれているかのような、静かな高揚感がある。

     

     

    ホテルに到着してまず驚くのは、その建物の佇まいだ。

    ツリーハウスのように空中に浮かぶように設計された建築は、まるで自然の一部であるかのように風景に溶け込んでいる。

    ガラスと木が絶妙なバランスで組み合わされていて、ただ“環境に優しい”というだけでなく、機能と遊び心が共存している。

     

     

     

     

    部屋に入ると、心がすっと静かになる。

    過剰な装飾はなく、素材の質感がそのまま表れている。

    リネンやタオルもオーガニック素材で、どこまでも肌になじむような優しさ。

    部屋の窓からはジャングルと海が同時に見え、朝日が差し込むと、木々の影が床に揺れる。

     

     

     

     

     

     

    ここでは、朝は鳥の囀りで目を覚ます。

    目覚ましの代わりに、自然が優しく今日のはじまりを知らせてくれる。

    眠気を引きずりながら部屋を出て、デッキでの朝食へ。LOST LINDENBERGの食事はすべて屋外で提供される。木漏れ日を浴びながら、新鮮なフルーツや地元の食材をふんだんに使ったヴィーガン料理が並ぶ。

    どれも素材の味が活きていて、体の奥が目を覚ましていくのがわかる。

    ゆったりとした時間が流れる。

    携帯を手に取ることも少なくなる。

    誰かと話すこと、風を感じること、空を見上げること、すべてが“体験”として成立している。

     

    ホテルプールの奥には、海へとつながる小道がある。

    木々のトンネルを抜けると、目の前にメデウィの海が広がっていた。

    荒々しくも神々しいその光景は、どこか神話的ですらある。

     

     

     

     

    板を手にサーフィンを楽しむ。

    次第に海の流れを身体が覚えていく。

    人気のないビーチでの時間は、自分と地球が一緒に動いているような、奇跡のような感覚だった。

     

    滞在の中で何度も感じたのは、このホテルが「地球に優しい場所」であるということが、決して押しつけがましくないこと。

    ディナーは最小限の光の中で、滞在者が同じタイミングのひとつのテーブルを囲む。

    地元の職人によるハンドメイドの家具、地元素材で作られた建築、環境配慮の姿勢は随所にあるのに、それらが一切“義務”としてではなく、「この土地で気持ちよく暮らすには、これが自然でしょう?」と語りかけてくるようだった。

    スタッフたちの振る舞いもまた印象的だった。

    皆、必要以上に干渉せず、でも困っていると必ず手を差し伸べてくれる。

    まるで家族のようでありながら、ほどよい距離感を保ってくれる。

    そこには“おもてなし”というより、“共にこの場所を生きる”という姿勢があった。

     

     

     

     

    LOST LINDENBERGでの数日は、まさに「もう一つの暮らし」だった。

    日常からの逃避ではなく、日常にもう一つの可能性があることを教えてくれる場所。都市の中で気づかぬうちに溜め込んでいた緊張が解けていき、心がふわりと軽くなる。

     

     

     

     

     

     

    旅を終えた今でも、あの朝の鳥の声が耳に残っている。

    波の音、木々のざわめき、サーフボードの上で感じた風、そしてあの場所ならではの香り。

     

    “泊まるように暮らす”という言葉の意味を、このLOST LINDENBERGを訪れたことで、本当の意味で理解したように思う。

    それは「何かをするため」ではなく、「ただ在る」ことに価値を見出す、新しい生き方の提案なのかもしれない。

Staff Credit

Written & Photographed by Makoto Tanijiri

About

泊まるように暮らす

Living as if you are staying here.

食べる、寝る、入浴する。
家と宿、それらがたとえ行為としては同じでも、旅先の宿に豊かさを感じるのはなぜなのか?
そんなひとつの問いから、yadoは生まれました。

家に居ながらにして、時間の移ろいや風景の心地よさを感じられる空間。
収納の徹底的な工夫による、ノイズのない心地よい余白……。
新鮮な高揚と圧倒的なくつろぎが同居する旅のような時間を日常にも。

個人住宅を通して、そんな日々をより身近に実現します。