Interview
Issue : 39
ETRÉ TOKYOクリエイティブディレクター・JUNNA|静と動の二拠点で。“捨てない”ように、まだ完成させないで住む
「故郷と呼べる場所が、初めてできるかも」。そんな湧き立つ期待を胸に、東京と愛知を行き来することに決めて、1年。二拠点それぞれの暮らしはつつがないながらも、住まいは、一向に完成しないという。それは、自分だけの価値やストーリーをなにより重んじるがゆえ。そのゆるやかな、心地よい旅の途中で、東京の住まいに伺った。これまでを振り返り、そして向かう先を教えてもらう。
Profile
JUNNA
東京都出身。学生時代にニューヨークとロサンゼルスへダンス留学。そのライフスタイルや独自の審美眼が支持を集め、ライフスタイルブランド「ETRÉ TOKYO」クリエイティブディレクターに就任。物質的な豊かさより、「ココロが豊かになるようなきっかけづくりを提案する」をコアにモノづくりの現場にも立つ。2022年11月に結婚し、現在は週の半分を東京で、もう半分を愛知で過ごす二拠点生活を送る。旅の必需品は小さなキャンドル。
「妥協するくらいなら、不便を知りたい」。
住まいは一時的でも、家具は一生ものを、時間をかけて選ぶ。
2022年に結婚し、それを機に、東京と名古屋を行き来しはじめたJUNNAさん。「生まれ育った東京以外に、故郷みたいなものを持てるかもしれないと思って」と、仕事や暮らしを大きく左右する決断には、ほとんどなんのためらいもなく、むしろ前のめりだったという。
とはいえ初めての二拠点生活ゆえ、「ETRÉ TOKYO」クリエイティブディレクターとしてのいまの仕事と、岐阜で仕事をする夫との生活を両立できるかは不確かで、成り立たなくなる可能性にも冷静に目を向けていた。
「だから、物件選びもまずは利便性を第一にしました。中心街から離れたり、ふたりにとって本当に居心地のいい場所を見つけたりするのは、この暮らしの感覚を掴めてからでいいと思って」
地に足をつけるのではなく、あくまで、人生の一時期を過ごす仮住まい。そうとらえながらも、だからといって、家具選びには一切の余念を持ち込まない。それゆえいつまでも住まいが完成しないのだと、自分の欠点を打ち明けるように照れ笑いして、「“捨てる”のが、なにより嫌いで」と、心の奥をすこし覗かせた。
「家具やインテリアは、サイズやデザインをきちんと気にしながら選びたいんです。本当にしっかり納得しないと買えないので、引っ越して1年経っても、まだぜんぜん揃わない(笑)『とりあえず適当に』って、なれないんですよね。妥協するくらいなら、不便を知りたい」
その言葉のとおり、すぐに納得できるものが見つからなかったダイニングテーブルは、入居からしばらくのあいだ“無し”で済ませたという。友人たちに「ありえない」となかばあきれられながら、立ち飲みに付き合ってもらったりもした。
とりわけ愛するのは、古家具だという。ひとからひとへ、ある場所から別の場所へ、長い月日をかけても“捨てられず”、いま奇しくもJUNNAさんのもとにある、チェストや食器棚。
そのこだわりは、家具にかぎった話ではなく、「お洋服も、バッグも、大切にはしたいけれど、しすぎず、しっかり使って一緒に年を重ねていきたい」と話す。
また、そうした品々への愛がはじまったきっかけには母の存在があるようで、「幼い頃から、母の骨董巡りに嫌々付き合わされていました。でも、自分も同じように何時間もかけてひとつのお皿を選んでいることに、あるとき気がついて……」と、ほかでもなくその感性も、どうやら長い月日をかけて親から子へ受け継がれてきたもの。
「ちなみにいまここにある古家具は、楢材、桜材など、素材は違っても、エイジングしたときに同じくらいの色のトーンになるよう選んだもの。二拠点生活がうまくいかず、一箇所にまとまる可能性もあったので、名古屋の住まいの家具と合わせたときにも違和感がないように」
たっぷりと時間をかけて集められた、齢を重ねた家具は、さらにこれから何十年という歳月をかけてようやく完成する。はるかな時間感覚を、暮らしのなかにさりげなく取り入れているのが気持ちいい。
食器は、あえて不揃いに。
もてなすための、ふたり暮らしのアイデア。
東京でしかできない仕事を週の半分に凝縮しているため、ここでの生活は目まぐるしい。住まいで過ごす時間も短く、宿を利用するような感覚でもあるという。それゆえ、ふたりにとっての心地よさより、あえて、ひとをもてなすことに重きを置いた。
「いつでも、だれでも、気軽に来られる状態にしてあります。ここで打ち合わせもするし、YouTubeの撮影もできる。私の友人と夫の友人が同時に集まって過ごすことも多いんです」
大人数が過ごしやすいよう、ゆったりとしたソファやダイニングテーブルなどがしつらえられてあり、細かなインテリアは最小限。おおらかな空間だが、植物を季節おりおりで入れ替えることで、変化を出しているのだという。
また、津々浦々から集められた食器からも、もてなしが前提であることが窺える。
「ふたりだけで食事をすることがほとんどの名古屋の自宅と比べると、器は作家ものが圧倒的に多いです。使うひとに、目でも楽しんでほしいから」
とりわけ愛するという茶器へのこだわりも、そんなもてなしの精神を象徴する。自分の気持ちを落ち着かせるためにもいいが、なにより楽しいのは誰かのために淹れる時間なのだとか。
器の数も、ふたり暮らしでは1週間あっても使いきれないほど。食器棚の引き戸を開けると、大きさも形もさまざまな器が所狭しと重ねられているのがわかるが、作家やブランドは不揃いだ。
「あえてバラバラにしてあるんです。その代わり、大きさや形が微妙に違っても、同じマテリアルで揃えてあったりして。そうすると、ふたりで食事するときも10人で食事するときも統一感がでるんです」
合わさったとき、総体として整うように。単体よりもコーディネーションをたっとぶのは、経年を見据えた家具選びにも通じる。そのバランス感覚は、やはり職業柄だろうか。
さらにレイドバックし、山川の近くへ。
思い描く、暮らしの次のステージ。
「最終的には、岐阜に住みたいと思っています。もっとレイドバックして、山や川が近いような場所へ」
ふたつの拠点を行き来しながら、仕事と生活のつつがなさに手応えを覚えはじめたいま、そんな未来をぼんやりと見据えているという。
現在名古屋で送る暮らしや、思い描く岐阜での暮らしが“静”なら、かたや東京の暮らしは“動”と言えるが、JUNNAさんは拍車をかけるように、住まいのなかにも“動”を求め、空間づくりにもユニークな工夫が見られる。ここからは、そんな住まいや暮らしのアイデアを伺ってみたい。
雨や風を感じたいから、窓はつねに開け放つ。
カーテンにも、自然の不規則さを受け止める工夫。
利便性を第一に選んだ住まいではあるものの、「とにかく採光がいい」のだと、気に入って選んだポイントについても教えてくれたJUNNAさん。
朝起きると、なにをおいても、まずは窓を開け放つのが日課。カーテンを開けるだけではなく、文字通り、窓を全開にするのだという。
「ちょっとでも、全身、外へ出たい。今日を感じたい。『空気が流れてる』とか、『雨が降っている』とか、『風が吹いている』とか。“動”的なものを感じたいんです」
カーテンに、カサッと動くリネン素材を選んでいるのも、本来あるはずのタックをあえてすべて外したのも、そうしたうつろいを感じるための工夫。風を含み、ときに大きく、ときに小刻みにゆれ動く。自然そのもののような不規則性を、作為的につくりあげた。
そうして開放感を全身で味わいながら植物の世話をして過ごすことも多いというが、植物好きなのもまた、変化の目まぐるしさゆえ。
「毎日“顔”が違うんですよ。朝一、お水を遣りながら、『ひと晩でこんなに伸びたんだ』とか、『実が成ったね』とかやっていると、あっという間に時間が過ぎてしまいます」
「ストーリーがあれば、物の寿命は伸びる」。
なにごとにも左右されない、自分軸を持つ。
「“捨てる”のが、なにより嫌い」と冒頭で告白したJUNNAさんだが、そう考えるようになったきっかけは、自身が身を置くアパレル業界にあるようだ。
「たくさんのお洋服を取り扱っていますが、その一つひとつを大事にしてもらうには、そこに意味を籠めないといけません。そのお洋服に出合ったときの高揚感。販売員さんにスタイリングをいくつも提案してもらったこと。そうしたストーリーで、物の寿命を伸ばすことができるかもしれない」
捨てられない服を。できるだけ長く手元に残る服を。
JUNNAさんはそれをまっとうしようと、自らをして“付加価値家”だと、きっぱりよどみない。「どんなに自分が良いと思った洋服でも、着てもらってはじめて意味が生まれる」と、自戒も口にした。
思えば彼女の住まいのそこかしこには、そうした考えを裏付ける品々がある。地方へおもむいて摘んできた茶葉。たまたま訪れた窯元で惚れこんで、どうしてもと譲ってもらった歪んだ茶碗。10年前にフランスで出合った大好きなルームフレグランス…おしなべて、彼女の記憶や思い出と結びついていて、それだけ愛が注がれる。
「物にストーリーが宿ると、愛もいっそう深まるんです」
旅に出かけるときも、そこにあるはずのストーリーを求めて。近年は、物よりも出合いや体験にこそ価値を置いていると話すのにも頷ける。
「『コレの横にコレを置くの?』とかって、見るひとが見たら首をかしげるレイアウトもあると思います。でもあまり気にしていなくて」
それはきっと、あらゆる物を、ほかでもない自分軸で選んでいるから。一般的な価値観や常識に左右されない。“私の住まいではこう”、ただそれだけで、もちろん成立するのだ。
pick up item
ルームフレグランスの選び方にも、「今日を感じる」ことをたっとぶJUNNAさんらしさが表れていた。
南フランス発のMAD et LENは、最近日本初の直営店ができたばかりだが、JUNNAさんはかれこれ10年ほど前に現地で出合い、すぐに私生活でも仕事でも愛用するようになったブランドだ。ETRÉ TOKYOがデビューする際の催しでも、現地から取り寄せたのだとか。
職人がひとつずつ手づくりした鉄器には、琥珀や溶岩などの自然の鉱物が詰め込まれ、そこに天然成分のアロマを垂らして香りを楽しむ。
冬のこの時期は、ミントやヨモギの香りを含む『SPIRITUELLE』をリビングに。おりおりの時季に馴染むアロマをチョイスできるのも、醍醐味だという。
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Self Photo9
JUNNAさんが撮る、旅と暮らしの一コマ。
Editor’s Voice
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いつも、ひょいと身軽に旅に出るのだという。なんの準備もなしに、ほとんど身ひとつで出かけることすらあるのらしい。その軽やかさは、「物質的には十分に満たされている」彼女が、いまなにより重んじるのが“体験”や“出逢い”だから。物理的に窓を開け放つその行為も、ほかでもなく、彼女のなかのそうした渇望と結びついているような気がしてならない。日常に落ちているほんの小さな“旅”のかけらさえ、ぐいっと手繰り寄せんとばかりに。
Masahiro Kosaka / CORNELL(Writer)
Staff Credit
Written by Masahiro Kosaka / CORNELL
Photographed by Eichi Tano