Trip

Issue : 21

白井屋ホテル | 感性のスイッチを入れるクリエイティブな宿

連載「市川渚と旅と宿」。今回の旅先は、群馬・前橋に300年続く旅館が生まれ変わった「白井屋ホテル」。その創造性を刺激する空間を、滞在の記録とともに綴る。

Profile

市川渚

ファッションデザインを学んだのち、海外ラグジュアリーブランドのPRなどを経て、2013年に独立。クリエイティブ・コンサルタントとして国内外の企業、ブランドのコミュニケーション施策の企画、コンテンツ制作、ディレクションに関わる。自身でのクリエイティブ制作にも注力しており、フォトグラファー、動画クリエイター、コラムニスト、モデルとしての一面も合わせ持つ。旅行と写真とインターネット、LINEのブラウンが好き。

旅のきっかけのこと

昨年、2022年の誕生日。夫がサプライズ旅行に連れていってくれた。普段、旅をするときはそれなりに下調べをして出かけることが多いし、これから何が起きるのかを全く把握せずに行動することに対して、ワクワク感よりも不安感を強く感じてしまう性格なこともあり、サプライズということ自体が正直、苦手だ。「自分ではない誰かが、私が喜んでくれるであろうと考えて行動してくれたことに対して、果たして自分が期待通りの行動を取れるのか」ということが、さらに不安を煽る。結果的に、そんな心配は必要なかったのだけれど。

縁を感じた、白井屋ホテル

関越道に乗った時点で、目的地は群馬かなと、うっすら想像がつきはじめ、到着したのは、群馬・前橋にある「白井屋ホテル」。2020年にオープンした比較的新しいホテルだ。

この地には元々、創業から300年の歴史を持った「白井屋旅館」が存在した。1970年にホテル業へと転換、2008年に廃業してしまったのだが、地元前橋出身でアフォーダブルなメガネでお馴染み「JINS」の創業者、田中仁氏の財団が主導し、“新生”白井屋ホテルとして復活させたのだそう。

 

 

 

この白井屋ホテルは、オープン当初から一度行ってみたいと思っていたホテルのひとつ。何故なら、プレスリリースか何かで、ホテル内のレストラン「SHIROIYA the RESTAURANT」のシェフとして、片山ひろ氏の名前を見かけたから。そんなことを、夫にも共有したような、してないような……?

 

群馬は高崎に友人が住んでいることもあり、これまでも度々足を運んでいて、訪れるたびに友人が地元の美味しいお店に連れて行ってくれていた。そんな友人からのご縁で、以前片山シェフが自身で開業していたレストランに伺ったことがあったのだ。確か、2017年だっただろうか。その後、レストランは閉店してしまったのだけれど、仕事に対して真っ直ぐでちょっと不器用そうな片山シェフの姿(一度しかお会いしてないのに!)が記憶に深く刻まれていて、また彼の料理を頂く機会があったらなあ、なんて、ぼんやりと思っていたのであった。

アートと建築が共鳴する空間

白井屋ホテルは昔からの建物をリノベーションしたヘリテージタワーと、建物自体がグリーンに覆われた丘のようなグリーンタワーの2つから成っている。国道側から見た姿と反対側から見た姿が同じホテルとは思えないくらい異なるのもユニーク。双方ともに建築家 藤本壮介氏によるもの。

 

 

 

ヘリテージタワーは1階から4階まで大胆に設けられた吹き抜けが見事。宿泊者しか入れないという吹き抜けに設けられた回廊を進んで行くと、見る場所、角度によって階段や手すりの曲線と直線が混じり合うさまが変化していく。気付けば導かれるように、最上階にたどり着いていた。元々の躯体の無骨なコンクリートの間をぬうように設けられた白い回廊はどこからみても美しく、最近増えた”リノベーションホテル”とは一線を画す。

また、ホテルの内外にはさまざまなアーティストの作品が配されており、国道に面する壁面にはローレンス・ ウィナーの「FROM THE HEAVENS FROM THE PRAIRIES FROM THE SEA FROM THE MOUNTAINS」が掲げられ、吹き抜けの回廊をふと窓から外を見ると、宮島達男の「Time Neon – 02」が目に入る。

 

 

 

夜には館内をレアンドロ・エルリッヒの「Lighting Pipes」がさまざまな色に照らす。

 

 

 

 

 

インテリアの一部としてではなく、建築とアートが呼応するかのような空間は、フラフラと館内を散歩しているだけでも、我々を飽きさせない。

1Fのカフェ&ラウンジ「the LOUNGE」はたくさんの観葉植物に囲まれた心地よい空間。吹き抜けも相成って、室内に居ながら、テラスにいるような開放感を味わえて、ここが前橋の街の中だということを良い意味で忘れさせてくれる。スイーツは美味しく、ドリンクも豊富。フラッと立ち寄って、一息つくのにも、ちょうど良さそうだ。

 

 

 

クリエイターの魂が宿るスペシャルルーム

今回宿泊したのは、4人のクリエイターがデザインしたスペシャルルームの1つ、「JASPER MORRISON ROOM」。デザイナー、ジャスパー・モリソン氏が手掛けた部屋は大胆なワンルームのつくりで、天井、床、壁まで、全てに同じ木板が使われている。吹き抜け側には大きな窓が設けられているが、木戸で完全に閉じることもできる。暖色でまとめられた室内は暖かみを感じる一方で、非常にストイックな印象をも受ける不思議な空間だった。

ホテルというと、主役は”そこに宿泊する人”として設計されるものが一般的だと思うのだけれど、この部屋の主役はクリエイターだ。クリエイターの頭の中にお邪魔しているような、彼が創った作品の中に入り込むような……そんな感覚で一夜を過ごすことができる。こんな場所、他にあるだろうか。

地元の食材を堪能する「上州キュイジーヌ」

ディナーはもちろん、楽しみにしていたホテル内のダイニング「SHIROIYA the RESTAURAUNT」で。これまたサプライズで前出の群馬在住の友人夫婦が加わってくれ、美しいオープンキッチンで手際よく丁寧に作られる一品一品を見つめながら、わいわいと楽しい時間を過ごした。

約5年ぶりにお会いした片山シェフ。訊けば、自身のお店を閉めた後、国内外のレストランで再び修行をして帰国し、腕を磨いて戻ってきたのだという。

 

 

 

 

 

 

 

ディナーコースのテーマは彼が生まれ育った群馬県の食材にこだわった「上州キュイジーヌ」。久しぶりにお会いした片山シェフは何倍にもパワーアップしていて、初めて見る食材や意外な調理方法など、発見と創意工夫が随所に感じられる、素晴らしいお料理の数々を堪能させていただいた。季節を変えて、ぜひまた来たい。

しかし、あの時と同じメンバーで、同じ群馬の地で、再び片山さんの料理を頂けるとは。人と人、人と土地とのご縁のありがたさをひしと感じる夜でもあった。

 

 

 

さいごに

建築家、アーティスト、そしてシェフという分野の違うクリエイターが生み出したものたちが共鳴し合う、白井屋ホテルという場所。それらが作り出す“心地よさ”だけではない、集う人たちのクリエイティビティを刺激する空間作りは「暮らす」視点に置き換えて参考にしてみても、面白いかもしれない。

Staff Credit

Written & Photographed by Nagisa Ichikawa

  • Travel Vlog

    市川渚さんのYouTubeチャンネルでは、SHIROIYA HOTELでの滞在の様子を公開中。一泊二日の旅の様子をVLOGでもお楽しみください。

  • Hotel Information

    白井屋ホテル

    住所:群馬県前橋市本町2丁目2−15

    客室数:25室(ヘリテージタワー:17室 / グリーンタワー:8室)

About

泊まるように暮らす

Living as if you are staying here.

食べる、寝る、入浴する。
家と宿、それらがたとえ行為としては同じでも、旅先の宿に豊かさを感じるのはなぜなのか?
そんなひとつの問いから、yadoは生まれました。

家に居ながらにして、時間の移ろいや風景の心地よさを感じられる空間。
収納の徹底的な工夫による、ノイズのない心地よい余白……。
新鮮な高揚と圧倒的なくつろぎが同居する旅のような時間を日常にも。

個人住宅を通して、そんな日々をより身近に実現します。