Trip
Issue : 59
フィンランド南東部、1930~1950年代に建てられた
アアルト建築の集合住宅に暮らすように滞在する。
自然の美しさや人々の優しさに惹かれて、20回以上訪れているフィンランド。今回の旅先は、建築界の巨匠、アルヴァ・アアルト設計による住宅群のあるフィンランド南東部コトゥカ市郊外スニラへ。フォトグラファーのかくたみほが、アアルト建築のアパートメントに泊まりながら、現在も人が生活する住宅群を歩いてみた。
Profile
かくたみほ
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フォトグラファー心をくすぐる美しい光に満ちた国。
最初にフィンランドを訪れたのは、2006年の晩秋の時期。
撮影の仕事だったのだが、木の葉も落ちて寒々とした雰囲気だったのを覚えている。
地元の人に、「6月がベストシーズンだから、次は6月にいらっしゃい」と言われ、プライベートで再訪したのは2008年6月の夏至の頃。
土地の大部分が北極圏であるフィンランドは、一日中日が沈まない白夜の時期でもあり、幻想的な光の美しさに一気に恋に落ちた。

私自身、反逆光や日没前後の空の色を撮影するのが好きなのだが、日本では瞬間にしか撮影できないものが、白夜のフィンランドでは長時間続くため、撮影したい衝動に駆られっぱなしになった。
また、フィンランドは治安が良く、人々が優しい。日常の生活にサステナブルな精神が根付いていることも素敵だと思ったし、首都のヘルシンキでさえ穏やかでおっとりとした空気が流れ、とにかく居心地がいいのだ。
それからというもの、毎年フィンランドを訪れるようになった。
偶然見つけた記事が、今回の旅の目的に。
「今年はいつ行こう?」と、計画をいろいろと立てていたところ、フィンランド南東部コトゥカ市スニラにあるアルヴァ・アアルト設計による住宅群が、8月末の2日間だけ開放されるという情報がSNS上に流れてきた。
1930年代にアールストローム社がアルヴァ・アアルトに依頼し、彼と妻のアイノ・アアルトが“世界一美しい工場”と称されるスニア製紙工場と工場労働者のための集合住宅を設計した場所だ。
そもそも、コトゥカ市にそんな場所があることも知らなかった!

調べてみると、「スニラ・アアルト・ホームズ オープンハウス」というイベントで、2023年夏から開催されていること、集合住宅には今は一般の人たちが住んでおり、そのなかの15軒の家がこのイベントで開放され、チケットを買えば見学できるらしい。
しかも、その集合住宅には、booking.comでエアビー的に貸し出している部屋もある。
アアルト建築に泊まれるチャンス!と、早速検索し、すでに埋まっている部屋がほとんどだったが、かろうじて一番小さなワンルームを予約することができた。
「アアルトの遺産を知ってほしい」と住民たちがイベントを主催。
スニラ訪問日の前日は、ラッペーンランタにある友人のサマーコテージに滞在していたため、友人がヘルシンキに帰る途中、車で降ろしてくれて大助かり。
スニラは街の喧騒から外れた、森に囲まれた自然豊かで静かな場所で、もともと手つかずの土地に工場と住宅、加えて道路や橋などが建設されたそう。

大家のテルヒさんから鍵をもらい部屋へ。荷物をおろして早速、スニラ地区の探索を開始。
受付でチケットと一緒に受け取った地図を見ると、エリア内には工場長用や技師用、労働者用に作られたさまざまな広さ・形の住居の建物がある。
広々とした芝生と背の高い松の木々が点在しているなかに建物が配置されているのだが、扇状に建物が配置されているため、住居から自然へ遮るものがない眺望が生まれているのだとか。
工場と住宅街が一体となり、産業と人々の日常生活の豊かさを両立させるという、アアルトの社会的思想を反映したスニア製糸工場は、当時はかなり先鋭的な設計だったに違いない。

実はテルヒさんが所有しているもう1つの部屋がオープンハウスとして開放されており、「HONKALA (ホンカラ)」と呼ばれるアパートメントの棟を訪ねた。
建物はシンプルな造りなのだが、木でできた棚や扉、窓のディテールが美しく、アアルトを代表するアルテック社のスツールやチェアがしっくりはまる。
コトゥカ生まれのテルヒさんは3年前にこの部屋を購入し、アアルトらしい空間にするために、アアルトの照明や雑貨、部屋にフィットするアート作品やテキスタイルなどを買い足したそう。


「残念なことに部屋によってはアアルトが設計した空間を完全に壊して、リノベーションしてしまった部屋もある。この部屋はほぼ当時のままで残っているから珍しいのよ」とテルヒさん。
棚の上の美しいグラス群はイッタラの前身「カルフラ=イッタラ ガラスファクトリー」のもの。
話していてわかったのが、テルヒさんは今回開催している「スニラ・アアルト・ホームズ オープンハウス」の創立メンバーで、「以前からアアルトの建築を見たくて世界中から人が訪ねてきていた。室内を見たいと思っている人たちがあまりにも多いので、どうせならスニラを代表するイベントにしようと仲間たちと3年前にスタートしたわけ」。

アアルトが手掛けた自邸や個人宅は見学できるところもあるが、博物館的な扱いになっており、こうやって今なお人が生活している集合住宅を見られる機会は貴重だ。

無駄のないシンプルな構造と素材のぬくもり。そして自然との共生。
テルヒさんと同じ棟のオープンハウスを見た後は、工場の職長用住居だった細長い長屋タイプの「Mäkelä(マケラ)」へ。庭付き2F建てのテラスハウスだ。
家の前には列ができていて、入口でホストとして出迎えてくれたのは、なんとプロサッカー選手の田中亜土夢さんだった。

2024年まではサッカーチームHJKヘルシンキに所属していたが、2025年からコトゥカを拠点とするFC KTPに移籍となって、引っ越してきたのだとか。
なんでもアアルト建築が好きすぎて、知り合いを介してこの家を紹介してもらい、2024月12月末から生活をしているという。

なかに入ると、ひときわ目を引くのが曲線が美しい階段だ。
下段のステップの部分の面積が広くなっているため上り下りがすごく楽だし、デザイン性が高く握りがいのある手すりもあって安定感がある。
有機的なフォルムと機能性、快適さを兼ね備えたアアルトらしいデザインだ。
「僕がこの家のなかで一番好きな部分なんですよ」と亜土夢さん。
2階のバスルームにサウナが併設されており(フィンランドでは家にサウナがあるのは珍しくない)、ここで温まった後は森が見渡せる庭に出て外気浴をするのだとか。最高すぎる環境だ。
愛犬バークも、自然が豊かで好きなだけ走り回ることができるこの地を気に入っているそうだ。

亜土夢さんとおしゃべりをしていたら、「フィンランドのラップランドでは松茸がとれるらしくて、ご近所さんにいただいたんですよ」と松茸を見せてくれた。
フィンランドではきのこ狩りがとても一般的。誰でも自然を享受する権利があるという「自然享受権」という法律により、所有者でなくても森できのこを好きなだけ収穫することができるのだ。
「毒きのこに当たったら怖そう」と日本人なら思ってしまうが、地元の人たちを見ていると確実に食べられるきのこのみ狙っているので、事故は少ないらしい。
キッチンの片隅に炊飯器がおいてあったから、きっと松茸ごはんになるのかな?
きっとおいしいに違いない。

強いコミュニティが生まれる建築設計。
最後に訪れたのは、1936年に最初に完成したという工場長の邸宅「KANTOLA(カントラ)」。
ここは唯一、博物館になっていて、イベント以外のときでも見学が可能だ。


敷地内の住居のなかではもっとも面積が広い450㎡で、当時応接室としても使用されていたそう。
大きな窓からは光がたっぷり入り、目の前には森と水辺があってまるで絵画のよう。
1938年から1960年代にかけて、スニラは工場長率いる産業コミュニティであると同時に、先進的な福祉コミュニティでもあったという。
会社は医療、スポーツ、保育、そしてクリスマスや母の日などの祝賀行事など、様々な方法で従業員の福祉に努めた。
1952年のヘルシンキオリンピックでは、スニラのボートチームが銅メダルを獲得したことからも、そのコミュニティの強さが想像できる。
カントラハウスの展示物を見ながら、その時代のスニラを思い描くのは楽しい妄想だった。


カントラハウスのすぐそばにサウナ小屋を発見。
入江が目の前にあるので、サウナに入った後は海に飛び込んで体を冷やすことができる。
私がフィンランドで楽しみにしていることのひとつは、サウナとこの自然の冷水プールの気持ちよさもあるのだが、自然と一体になっている感じがたまらないのだ。
前もって予約をすれば貸し切りで使用することができるそうで、次回来るときには必ず体験したい。

「スニラ・アアルト・ホームズ オープンハウス」は、アアルト建築の北欧モダニズムの合理性と、自然や人間性を重んじるアプローチの融合を感じるだけでなく、その住宅のひとつに泊まってみて、当時の人たちのように窓からの風景を楽しんだり、散歩したり、誰かの家を訪ねるという疑似体験ができたのがなによりも深く心に残った。
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泊まるように暮らす
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食べる、寝る、入浴する。
家と宿、それらがたとえ行為としては同じでも、旅先の宿に豊かさを感じるのはなぜなのか?
そんなひとつの問いから、yadoは生まれました。
家に居ながらにして、時間の移ろいや風景の心地よさを感じられる空間。
収納の徹底的な工夫による、ノイズのない心地よい余白……。
新鮮な高揚と圧倒的なくつろぎが同居する旅のような時間を日常にも。
個人住宅を通して、そんな日々をより身近に実現します。Supporters’ comments10
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