Trip

Issue : 57

フランスの博物学者・ラマルクに敬意を表して。
空想上の大学をモチーフにしたリゾートホテル

1880年から1940年まで、フーコック島にある広大な敷地の「ラマルク大学」は地元や海外の青年たちに根ざした豊かな学舎だった。大学の名前は、生物学と進化論で貢献したフランスの博物学者であるジャン=パティスト・ラマルクにちなんで付けられたもの。1940年に廃校となったこのキャンパスは、各学科の棟に宿泊できるホテルとして新たな命が吹き込まれたー。

ベトナム最後の秘境と呼ばれるフーコックに、世界でも類を見ないユニークなホテルがある。ここは19世紀のフランス系大学「ラマルク大学」へのオマージュとして、建築家のビル・ベンスリーによって設計された架空のキャンパスだ。

ベトナム南岸沖に面した宝石のように美しいフーコック島は、東京23区をやや小さくした離島。日本からはホーチミンで乗り継ぎして、約1時間でフーコック国際空港に到着する。年間を通して温暖な気候が続き、美しい熱帯魚が行き交う海はマリンアクティビティのメッカでもある。

 

そんな大自然に包まれた島にある5つ星ホテル「JWマリオット・フーコック・エメラルド・ベイ・リゾート&スパ」は、敷地全体が架空の大学として成り立っている。建築上の単なるモチーフやコンセプトではなく、施設の建物や客室、スタッフにもそれぞれの物語や配役があり、その延長線で多くの旅人を迎えているのだ。敷地内を歩くと、いつの間にか自分が学生と没入するストーリーがいたる場所に根付いている。

まず、ロビーに入って我々を迎えてくれるのは、ラグビーのチャンピオンシップで獲得した巨大な優勝トロフィーだ。これは1929年の試合で獲得したトロフィーで、学部長によって噴水として姿を変えられて今に至る。

渡り廊下を歩けば、さまざまなスポーツクラブの業績が貼り出されているのも興味深い。注目すべきは、勝者だけでなく敗者についても克明に語られていること。

 

勝負の世界は、常に勝者と敗者に分けられる。勝利を手にした裏には、必ず敗者がいる。そのことを明確に伝えることで「大学」という設定をよりリアルに仕立てるストーリーテリングに成功している。これも建築家のビル・ベンズリーの手腕だと評価されている。

1500冊以上の蔵書が並ぶ、学部長の書斎がフロントロビー

チェックインのためにフロントに入ると、天井高の美しい図書館が広がっていた。ここは1500冊以上の蔵書を有する「Dean’s Library」、そして学部長の書斎だ。世界中から集められた工芸品とともに、生物学や天文学に関する書籍が並ぶ。

一冊を手に取ってみると、それらが全てレプリカでないことがわかった。大学生に必要なアカデミックな古書や専門書が各地から収集されているという。

図書館に併設された学長の書斎は、訪れた人が自由に寛げるデスクになっている。好きな書籍を選んで読書に耽るのもいいし、旅の計画を練るのもいい。

この日、笑顔で迎えてくれたのはラマルク大学の学長(という設定のホテル総支配人ジョン・ウーリー氏)。

ラマルク大学の学長は、「ラマルク大学へようこそ」と、訪れたゲストを新入生として歓迎してくれた。

 

「大学のカリキュラムにしっかり取り組んで、美しいフーコック島で実りある学生生活を送ってください。忘れられない思い出を作りましょう」と、気さくに話してくれる。

建築、インテリア、スタッフの言葉のどれもが、宿泊者を大学生として陶酔させる仕掛けで満ちている。

 

チェックインと同時に「学生ブック」なる冊子が渡され、そこには大学の時間割に見立てた館内のアクティビティやイベントスケジュールが明記されている。小道具ひとつ取っても芸が細かい。

 

今日はどう過ごそうか、あっという間に学生時代にタイムスリップする感覚をぜひ味わって欲しい。

各学部の棟で宿泊して、キャンパスライフがスタート

このホテルでは、各学科の棟に宿泊できるのが大きな魅力のひとつ。施設内には人類学、芸術学、農学部など、16学科の棟が建設されている。今回宿泊したのは「Agriculture(農学部)」の部屋。農学部だけあって壁には農作物をモチーフにした絵画が存在感を放っていた。

部屋は東洋とヨーロッパの美が融合したフレンチコロニアル様式で、地元のホイアン建築が色濃く反映されている。ベトナムにいながらも、エキゾチックな演出が漂い、旅の充実度が加速する。

部屋の両サイドに飾られた植物や野菜に関する絵画は、シノワズリ様式のインテリアに美しく溶け込んでいる。それは決して露骨ではなく、自然に各棟のテーマを匂わせているのが絶妙なバランス感だ。建築家のセンスの良さを物語っている。

個人的におすすめしたいのが、ドラマチックなバスルームだ。通常のホテルの二倍以上の高さを取り入れ、壁一面の窓を眺めながらベトナムでは珍しい深めのバスタブに身を沈められる。

 

朝になると窓からみずみずしい自然光が入る設計で、明るい気分で身支度が整えられる。夜には窓の向こうに広がる暗闇がしっとりしたベトナムの夜の空気を伝え、旅の疲れを優雅に癒してくれるはずだ。

スパは菌類学科のキノコの実験室で

施設内のメインストリート「ラマルク通り」を歩くと、「Chanterelle Spa」が目に飛び込んできた。ここは菌類学科の建物だったという。

 

フロアに入ると、キノコをモチーフにしたオブジェで構成されている。今はスパとして利用されているが、昔は農学部の学生がキノコの研究に勤しむラボだった−というのが建物の筋書きだ。

空間デザインは「不思議の国のアリスが、魔法のキノコによって体のサイズを変えられた」というエピソードがコンセプト。自分の体より背の高いキノコが建物の柱やテーブルにあしらわれ、フロアを歩くと不思議な浮遊感が漂う。

迷路に入ってしまいそうで胸が高鳴る長い廊下。天井や壁には、キノコのアートが優雅に並ぶ。乾燥キノコのサンプルを保管するために使われていたという植物学者のキャビネットもサロンに設置され、この建物が研究所だった名残を見つけるのが楽しい。

 

実際は、フェイシャルやボディのトリートメントが受けられるので、ぜひ旅のヒーリングタイムをここで満喫して欲しい。

夜になったら化学者がカクテルをつくる実験室へ

日が暮れて敷地内の海沿いを歩いていると、幻想的なバー「Department of Chemistry Bar」に出逢う。ここは、化学者の実験室だったという建物だ。

 

そこかしこにフラスコやビーカーなどの実験道具が並び、ソファの脇には処方箋が収められた棚もさりげなく設置されている。

天井には周期表が貼られ、元素記号の書かれたテーブルや薬品入れも圧巻。ひとつずつ時間をかけて見てまわりたくなるほど、オブジェのこだわりが徹底されている。

美しいカクテルをつくってくれるのは、白衣に身を纏った腕利きの化学者たち。一見、ビーカーで薬剤を調合しているようだが、次の瞬間には美しいカクテルがカウンターに並んでいる。そのひとつずつがどれも美味しい。

 

バンドの生演奏を聴きながらソファでゆったりドリンクを待つ時間も格別だが、興味がある人はカクテルをつくる工程もぜひカウンターまで見に行ってほしい。

建築学科のフロアでベトナム料理のモーニング

朝食の会場は建築学科の建物「Tempus Fugit」へ。ここでは6時半から自由にビュッフェモーニングが楽しめる。

建築学科の建物だけあって、美しい什器がフロアの中央に配置されていた。ここには南国のフルーツから始まり、ベトナム料理、韓国料理、タイ料理、日本食まで、アジアを代表する料理が豊富に並ぶ。

そして、特筆すべきはフォーのクオリティの高さ。その場でスタッフがフォーをそれぞれ茹でてくれる。カウンター越しの専属スタッフに注文すると、自分でチョイスした具材で好みのフォーをつくってくれるのだ。これを機に、できたてのおいしいフォーをぜひ朝一番に味わってほしい。

学長夫人のマダム・パールの秘密の別荘へ

さて、ラマルク大学には学長夫人のマダム・パールという人物がいる。海沿いに佇む彼女の秘密の別荘「Pink Pearl」は、夜な夜なオペラやダンス、会合で賑わっているそうだ。

私たちが訪れたときは、文化遺産としての建築美を楽しみながらフランス料理が堪能できるレストランとなっていた。実は、フーコックはベトナム随一の美食天国である。ホテルには近海から新鮮な魚介類やフルーツが豊富に集まり、ミシュランの星に輝くシェフの手によって洗練された一品へとアレンジされる。

 

まるで時間が止まったように、大人のロマンスが詰まったクラシカルなマダムパールの別荘。時空を旅する感覚で、ベトナムフレンチをゆっくり堪能してほしい。

学生時代を想起させる、学舎としての稀有なホテル

1957年にホテル事業に進出し、今や世界を代表するホテルチェーン「マリオット・インターナショナル」。施設数は全世界でなんと今や約9000件にものぼる。そのなかでも異質とされるフーコック島の「JWマリオット」の世界。

「泊まるように暮らす」というテーマのyado magazineでは、いかに日々の延長線で旅をして、その要素を生活に落とし込めるかが重要だった。しかし、ときに自分ではない何者かで日常を脱する経験は、普段の暮らしを新鮮にするエスプリではないだろうか。

 

宿泊することで、大学生になれるという唯一無二の「JWマリオット・フーコック」。人間はもっとおおらかでいいし、自由でいい。いつだって何かになれるし、チャレンジできる。キャンパスで過ごした数日は、そんな気持ちにさせてくれる学舎だった。大学生から日常に戻ったとき、新たな可能性も持ち帰られる稀有なホテルなのである。

Staff Credit

Written by Tokiko Nitta

Photographed by Akira Onoue

 

協力:ベトナム航空

https://www.vietnamairlines.com/jp/ja/home

  • Hotel Information

    JW Marriott Phu Quoc Emerald Bay Resort & Spa

    住所:Khem Beach, An Thoi, Phu Quoc, Kien Giang 922280

    +84 297 3779 999

About

泊まるように暮らす

Living as if you are staying here.

食べる、寝る、入浴する。
家と宿、それらがたとえ行為としては同じでも、旅先の宿に豊かさを感じるのはなぜなのか?
そんなひとつの問いから、yadoは生まれました。

家に居ながらにして、時間の移ろいや風景の心地よさを感じられる空間。
収納の徹底的な工夫による、ノイズのない心地よい余白……。
新鮮な高揚と圧倒的なくつろぎが同居する旅のような時間を日常にも。

個人住宅を通して、そんな日々をより身近に実現します。