Trip

Issue : 23

L’évo|静かな秘境の地で、無垢な熱量に出会うオーベルジュ

標高1000m級の山々に囲まれた富山県と岐阜県の県境。約45年前に消滅集落とされた田島地区は、現在人口500人ほどの利賀村にある。日本の原風景と手付かずの自然が残るこの秘境で、谷口英司シェフが見せるオーベルジュ「L’évo(レヴォ)」とは、一体どんな世界なのか。

日本の原風景と対峙する、名残雪の小さな村へ

富山からも金沢からも辿り着くまでに時間を有する利賀村。ガードレールのない峡谷を通り抜け、山のさらに奥深くへ車を走らせる。ここは北陸屈指の豪雪地帯だ。真冬ともなれば積雪量2mは当たり前。訪れたのはよく晴れた春の日だったにも関わらず、一帯に残雪が輝いていた。初夏には霧が発生し、さらには携帯電話の電波が入らないルートもあるという。山間部に入ってからは誰ともすれ違うことなく、まさに俗世から切り離された気分に浸る。

 

 

 

車を走らせながら「本当に着くのだろうか?」と心配になったとき、視界がひらけて、洗練されたコテージが突然現れた。7500㎡の広大な敷地に、レストラン棟、コテージ三棟、サウナ棟が、山里に美しく溶け込んでいる。

不便さこそ、恵みの宝庫

ここは、2020年にオープンしたオーベルジュL’évo(レヴォ)」。2014年に富山市内でオープンして以来、「前衛的地方料理」をコンセプトに人気を博してきたミシュラン二つ星レストランだ。シェフの谷口英司氏の理想を詰め込んだ姿となって、この新天地への移転を果たした。

 

 

 

フロントに入ると、壁一面の大きな窓。そこに広がるのは、山々が連なる荘厳な風景だ。真冬になると、厳しい積雪となる山岳地域の辺境で、なぜレストランを開こうと決めたのだろう? その問いに「何もない場所だったから」という谷口シェフのシンプルな言葉が返ってきた。

絡まった思考が解けていく秘境の地

トレンドに流されることなく、自然からのインスピレーションで自分の料理を追求したいという思いが強くて。そしてお客様には、レストランまでの道のりも旅の一部としてドキドキして頂けたらと。それには外界から孤立したような場所がベストだったんです。ここは僕が山菜採りに訪れていた場所でしたが、この不便さは何物にも代え難い魅力だと感じていました」。

 

 

 

いつでも気軽に訪れるような都会のレストランではなく、辿り着くまでに手の先の仕事が離れ、都会で絡まった思考が解けていくようなガストロノミーの旅。。食を五感で堪能する、ただそのために訪れる、隔絶された秘境だ。

 

「だからこそ、料理をしっかり味わう以外の余計なものはいらなかった。宿泊できるオーベルジュにしたのもそのためです。お酒を飲んで、料理を満喫して。帰りの時間を気にせず、そのまま眠りについてほしかった」

生きていく知恵や技が、料理に反映される場所

ここに移住して、人はどれほど変わるのだろう。スタッフ14名全員が街から集落へ移住したのだ。並々ならぬ覚悟と、シェフに対する吸引力を感じる。

 

自分たちで食材を採りに山へ入り、シェフ自らが鹿や熊、猪を処理して、この土地の風と空気で丁寧に仕上げていく。山菜は周辺の野山から、野菜や花はレヴォ農園から収穫されたものも。料理に使う水も洗い物に使う水も、目の前の山から引いてきた山水だ。食材を農家や市場から仕入れるのとはワケが違う、真の地産地消が誕生していた。

レストランの地下には熟成肉の貯蔵庫が設置され、その隣のラウンジには料理に使った動物の毛皮が美しく並ぶ。
シェフの食材に対してのリスペクトが伝わる。

「山菜や野草を見つけると、食べられるかをまず試します。でも、以前スタッフと毒のあるマムシグサを食べてしまって。この時ばかりは、もうダメかと思いました。口内のすべてに針が刺さったような激痛で、翌日になっても唾一滴飲み込めないんです」

 

そんな恐怖の学びを笑いながら教えてくれる谷口シェフ。不便なことや危険なことは隣り合わせでも、生きていくためには必要な能力。チームで出来ることが、少しずつ底上げされていったという。知恵や技は、料理に反映されていった。

 

ここからは、生きることと地続きなオーベルジュで、暮らしにまつわるヒントを探してみたい。谷口シェフがこだわり抜いたレストラン、その食に着地するためだけに用意された宿。空間づくりのヒントがあるはずだ。

空間は、感動的な食体験に向かうための“装置”

1日3組限定のコテージは3棟のみ。「雪割(ゆきわり)」と呼ばれる、この地方独自の技法を用いた屋根が印象的だ。ポツリポツリと宿泊棟が点在する様子は、かつての集落を想像させる。



 

建築を手がけたのは、富山を拠点にする「本瀬齋田建築設計事務所」。中に入ると、情報が入るようなデジタル機器は一切なく、周囲の景色をそのまま享受できる大きな窓がその代わりだ。村の空き家で使われていた建材や建具をアップサイクルしたインテリアが、窓の外の大自然と見事に調和している。

 

 

 

 

 

 

チェックインしたら、夕食までの時間はゆっくり過ごす。別棟にあるサウナ小屋で、しっかり汗を流してデトックスするのもいい。料理を全身で食べる準備がここから始まる。

料理との距離感を縮める、高さにこだわったダイニング

レストランに続くレセプションルームをはじめ、全館のインテリアは富山の「51% 五割一分」がセレクトを担当。窓からの自然を満喫できるように、ピエール・ジャンヌレの復刻版のイスが並ぶ。ここで頂いた一杯の水が、とびきりおいしい。ハッと目が覚めるような、体を呼び起こす感覚。

 

 

 

 

 

 

オープンキッチンのホールに進むと、敷地内で最も眺めのいい景色が広がっていた。4人掛けのテーブル席が3卓、カウンターが4席、その奥に個室2室が続く。

テーブルは八尾の木工作家「Shimoo Design」のもの。この土地から産まれた生命力あふれる料理を、どっしり支えるのにふさわしい重量感。

 

ここに着席することで、オープンキッチンで作業するシェフの姿は見えても、手元は巧みに見えない。「次の料理はなんだろう?ってワクワクして欲しいから。ネタばらしにならないテーブルの高さにこだわりました」と谷口シェフは嬉しそうに語る。

 

 

 

 

 

 

照明の高さも同様。通常のダイニングであれば低すぎる照明も、料理との関係性を考えるとこれぐらいが丁度いい。料理に一点集中できる世界、そんな照明の高さも重要だった。

作り手の見える器や家具を使う

インテリアやアートだけでなく、器やカトラリーにいたるまで、すべて富山の作家のもの。料理を楽しむうえで、土地に根付いた作り手との共演が、ますます食の世界を深めてくれる。

 

「多くの人に知って欲しい、使って欲しいから、ここにある作家さんのものはお客さまにも紹介します。作家さんには良いものをどんどん作ってもらいたいから。地方でやっていくって、こういうチームプレイだと思います」

 

旅先で出会ったもの、地元のもの、友人がつくるもの。そんな作り手の顔が見える器や家具を、自宅に取り入れるのも手段。使うたび、手入れするたびに、思い入れは深まるはず。

pick up item

L’évoの空間からは“視線”をコントロールしてくれる照明を2つピックアップ。

 

まずは、レストランに入る前に、一息つけるレセプションルームへ。ジャスパーモリソンがデザインしたフロスの「GLO-BALL 」が照明として使われている。ペンダントライトには高度な吹きガラスの技法が取り入れられ、360度どの方向から見ても美しいフォルム。低い位置に吊るされているのは、座った時に目線のすぐ上に照明が来るため。そうすることで、他の余計なノイズが遮断され、目の前の人との会話に集中する計算だ。

 

 

 

 

 

 

オープンキッチンが見渡せるダイニングでは、富山で作品づくりに取り組むピーターアイビーの「LIGHT CAPSUL」が、穏やかな明かりで料理を照らしていた。機械では表現できない、手仕事のおおらかさと繊細さ。富山在住のアーティストとこの土地から生まれる料理が融合して、唯一無二の世界をつくっている。

 

 

 

L’évoの店名に込められた“進化”という意味合い。

「いつか自分が死んでも、L’évoは残る。それが理想です。ヨーロッパの星付きレストランには、そんな名店がたくさんあるのに、日本では圧倒的に少ない。シェフが変わっても代々続いていく、そんなたくましさが欲しい」と谷口シェフは語る。

 

秘境に生まれたオーベルジュには、料理と真摯に向き合うための世界があった。豊かな食材と里山の自然。それを五感で受け止めるためにつくられた箱。地域を学ぶことで、谷口シェフの料理はこれからも進化していく。

Editor’s Voice

  • 利賀村に移住して、地域の人とさらに交流を深め、土地に根ざした暮らしをすることで、谷口シェフの料理は変わったという。害獣と呼ばれる熊や猪などのジビエは、契約している地元の猟師さんから新鮮な状態で届けられ、素早く解体して熟成庫で保管する。それを繰り返すうち、内臓を見るとその臓器が健康かどうか、美味しいかどうかまでわかるようになったそうだ。自分の仕事に真摯に向き合える集大成となる箱を、全身全霊でつくる無垢な熱量。滞在しながら、多くの人がこの熱量に触れたい気持ちがよくわかった。

    Tokiko Nitta(Writer)

  • 人里離れた山中に位置しながら、予約可能な3ヶ月先までのカレンダーには「空室なし」の文字が並ぶ。本当にこんな山奥に、人々を魅了するオーベルジュがあるのだろうかと、荒々しい崖や渓谷を横目に、不安な気持ちで険しい山道を進んだ。だからこそ、山道が開けた先にその姿をみた時の安堵感と高揚感が忘れられない。大切な人とここを訪れ、時間と食事を共にしたら、きっとその関係性が一つも二つも更新されるのだろう。静かな山奥にある、熱い思いに満ちた場所。ぜひ大切な人と訪れてみてほしい。

    Chiaki Miyazawa(yado)

Staff Credit

Written by Tokiko Nitta

Photographed by Kazumasa Harada

  • Hotel Information

    L'évo

    住所:富山県南砺市利賀村大勘場田島100番地

    客室数:全3室(各2~4名)

About

泊まるように暮らす

Living as if you are staying here.

食べる、寝る、入浴する。
家と宿、それらがたとえ行為としては同じでも、旅先の宿に豊かさを感じるのはなぜなのか?
そんなひとつの問いから、yadoは生まれました。

家に居ながらにして、時間の移ろいや風景の心地よさを感じられる空間。
収納の徹底的な工夫による、ノイズのない心地よい余白……。
新鮮な高揚と圧倒的なくつろぎが同居する旅のような時間を日常にも。

個人住宅を通して、そんな日々をより身近に実現します。