Trip

Issue : 66

Further Hotel|街を歩き、人と繋がり、信仰に触れる。バリ・ペレレナンで出会った「ディフューズド・ホテル」という旅のあり方

インドネシア・バリの西部に位置するペレレナン。昔ながらの田園風景や寺院が残るこの街で出会ったのは、「ディフューズド・ホテル(散在型ホテル)」というスタイルの「Further Hotel」だった。単に豪華な客室に籠もるのではなく、街全体をひとつのホテルに見立てて渡り歩く――。光と影が織りなす繭のような建築と、ローカルコミュニティが溶け合う穏やかな滞在は、旅と日常の境界線を優しく曖昧にしてくれる。

Profile

高山裕美子

エディター、ライター。ファッション、カルチャー、ライフスタイル分野の専門誌で編集を担当したのち、フリーランスへ。国内外のローカルフードや地域独自のカルチャーに惹かれ、現地を訪ね歩くことがライフワーク。旅と日常の境目をゆるやかにつなぐ独自の視点で執筆を行う。

  • 光と影が交差する空間そのものがアートのようなホテル

    8月に開催されたデザイン関連のイベントのために訪れたインドネシア・バリ。現地に住むイベント関係者に「素敵だから、ぜひ泊まってみて」と薦められたのが、「Further Hotel」だ。ホテルのあるエリアは、チャングーの西隣であるペレレナン。スタイリッシュな店が立ち並ぶなか、いまだ田園風景やバリの寺院、静かなビーチなど、バリのローカルの雰囲気が残る地域だ。

     

     

     

     

    渋滞で悪名高いバリの街。この日はインドネシア独立記念日と重なり、「Further Hotel」へ向かう道中、車がまったく動かないというハプニングに見舞われた。

    予定到着時間を大幅に過ぎた16時、ようやくたどり着いたホテルでまず目を奪われたのは、路地に突如あらわれた美術品のような彫刻的建築だ。手掛けたのは、イタリアの建築ユニット「MORQ」。バリ島・タバナン産の素焼きのテラコッタレンガが幾重にも織りなすファサードは、バリの強い西日を受け止めて幾何学的な陰影を描き、周囲の緑やローカルな街並みと有機的に調和している。

     

     

     

     

     

    館内へ足を踏み入れると、外観のダイナミックな表情とは一変。素朴なテラコッタや粗い漆喰の質感、隙間から漏れ出すやさしい光が織りなす、静謐な世界が出迎えてくれる。

     

     

     

     

     

    チェックインを済ませ、手渡された鍵を開けて客室へ。扉の向こうに現れたのは、赤土色のモダンなコンクリートと、ぬくもりあるウッドの壁が調和する空間だ。エッジが効きながらも削ぎ落とされたデザインの家具や照明、光と影を大胆に切り取ったモノクロの現代写真が絶妙なバランスで佇んでいる。開け放たれた窓からは、東南アジアの心地よい風とともに、鳥の声やバイクの音といった街の日常の息遣いが流れ込んでくる。

     

     

     

     

    プライベートテラスに出ると、そこにあるのは小さなプール。いわゆるリゾートのそれというより、密林の奥にひっそりと息を潜める神聖な泉のようだ。鬱蒼と茂る熱帯の植物と、テラコッタが作り出す深い影。その幻想的な情景に誘われるように、スーツケースから水着を取り出し、水の中へ身を委ねた。ゆらゆらと水面に浮かび、空を見上げる。自分が今どこにいるのかさえ忘れてしまうほどの、心地よい浮遊感に包まれていく。

     

     

     

     

    部屋の棚に「SWEET RAIN」とラベルが貼られたボトルを見つけ、グラスに氷を滑らせて澄んだオレンジ色の液体を注ぐ。いちじくの芳醇な甘みとアップルブランデーのフルーティな香りが重なる一杯は、ホテルのルーフトップバー「Portion」による自家製クラフトカクテルだ。グラスを傾けながら、日常の境界線がゆっくり溶けていくような時間を堪能する。

     

     

     

     

    ふと見渡すと、浴室やトイレへ続くドアは壁と同化し、まるで隠し扉のように佇んでいる。一見すると見つけられないその扉を開けると、広がるのはテラコッタカラーとニュアンスのあるコンクリート壁によるミニマルな空間。モダンでありながら、どこか洞窟を思わせるプリミティブな気配も漂う。

    視覚的な情報を削ぎ落とした空間は、余計な思考を手放させてくれるものだと気づかされた。

    街全体を巡り、暮らしに溶け込む

    ホテル側からメールで送られてきたローカルマップをチェックする。このホテルは“ディフューズド・ホテル(散在型ホテル)”という形態をとっているのが大きな特徴だ。1980年代初頭にイタリアで生まれたこのスタイルは、地域全体の空き家や歴史的建築をリノベーションし、まち全体を一つのホテルに見立てて楽しむ滞在スタイル。日本でも地域活性化や町家・古民家再生の文脈で数多く展開されている。つまり「Further Hotel」は、ひとつのホテルの建物館内ですべての機能を完結させるのではなく、街の中に客室をはじめ、コーヒーショップ、レストラン、サーフショップ、フレグランスショップ、ジムなどの提携施設が点在しており、「街全体を渡り歩き、暮らすような」滞在を提案している。

     

     

     

     

    さっそく、マップを頼りに探検へ出かけることにした。ホテルを出て、目と鼻の先に現れたのはジェラートショップ「Ettore Gelato(エットーレ・ジェラート)」。イタリアらしいポップな赤い外装の真上に、バリ伝統の家庭用寺院が祀られ、店の隣にも寺院が並んでいる。異国情緒とローカルの祈りの場が溶け合う風景が、なんともユニークで目を惹く。

     

     

     

     

    店に入り、ピスタチオとフランボワーズチーズケーキ、そしてヘーゼルナッツのフレーバーをオーダー。口に含んだ瞬間に広がる本格的な味わいに感動したのも束の間、一歩外に出るとバリの濃厚な熱気にさらされたジェラートはみるみるうちに溶け出していく。バリでのジェラートは、おとなしく冷房の利いた室内で食べるに限る――そんな小さな教訓を得て、探検が始まった。

     

    通りを進むと、モダンなインドネシア料理店やイタリアン、中近東料理、カフェ、洗練されたファッションブティックが軒を連ねている。その隙間にローカルな食堂やよろずやがひょっこり顔を覗かせており、その不均一なバランスがおもしろい。行き交うバイクの多さに街の活気を実感しながら歩いていると、レンタルバイクのショップが目を引いた。観光の移動手段として需要が高いのだろう。渋滞のひどさを考えると、バイクを借りるのはいいアイデアかもしれない。

     

     

     

     

    続いて立ち寄ったのは、ホテルとも提携しているフレグランスショップ「Oaken Lab(オーケン・ラボ)」。自然や旅の記憶からインスピレーションを受けた香水やボディソープ、ルームフレグランスなどが整然と並ぶ空間だ。客室に用意されていたシャンプーやボディソープもこのブランドとのコラボ商品で、木や土を思わせるアーシーな香りが心地よく、家でも使いたいと思っていたのだった。

    店頭でスタッフと言葉を交わすなかで、バイクの話になると、「移動には便利だけど、危険な運転をする人も多いからあまりおすすめはしないかな」と教えてくれた。そんな現地ならではのアドバイスは、おとなしく聞くに限る。

     

     

     

     

    夜ごはんは、ホテルそばのローカルな食堂(ワルン)へ。肉や野菜、テンペなどのおかずがのったナシチャンプルをオーダー。唐辛子や発酵エビペースト、にんにく、ココナツオイルなどを石臼で混ぜた辛いソース・サンバルが、料理の味わいをより深くしてくれる(写真はイメージ)。やっぱり、お米が食べられるのは日本人としてうれしい。

    街の熱気と静寂、ローカルの息遣いを感じる朝

    翌朝は早朝に起きてビーチへ。車もバイクもまだ走っておらず、通りは静寂に包まれている。途中では、牛の親子がのんびりと草を食む、この街ならではの風景にも出会った。20〜30分ほど歩いてたどりついたビーチには、波に乗るサーファーや地元の人がちらほら。朝の散歩には格好のロケーションだった。

     

     

     

     

    通りへ戻り、大好きなオーストラリア発のコーヒーロースタリー「St. Ali(セント・アリ)」へ。淹れたてのフラットホワイトと香ばしいチーズプレッツェルで朝食をとる。旅先でおいしいスペシャルティコーヒーに出会えると、満ち足りた心地になる。

     

     

     

    腹ごなしを兼ねて、ホテルが提携するウェルネス&フィットネス施設「RITE(ライト)」を覗いてみることにした。今年1月にオープンしたばかりの館内は、ストイックな機能美とバリらしいぬくもりが美しく調和している。Technogym社製の最新マシンが並ぶジムエリアに、ボクシングスタジオ、心地よい風が抜ける屋上テラス、ヨガルーム、さらにはプールやサウナ、水風呂まで完備されており、一般的なホテルのコンパクトなジムとは一線を画す充実ぶりだ。

     

     

     

     

    その後、ぶらぶらとオーガニックのグローサリーショップを覗きながらホテルへ戻り、ルーフトッププール&バー「Portion」でブランチをとることに。外観を覆う素焼き粘土の格子やコンクリートの質感が、そのまま屋上空間にも引き継がれている。「空を見上げる中庭」として設計されており、その中心にプールが据えられている。

     

     

     

    ブランチメニューからは、インドネシアの伝統的な鶏のおかゆ「ブブール・アヤム」をチョイス。ほぐした鶏肉がのったおかゆに、ターメリックが香る黄金色のスパイススープを回しかけていただく。スパイシーなのにどこか優しく、疲れた身体にすっと染み渡るような、ほっとする味わいだ。

    バリの信仰と暮らしに身を寄せる

    朝食を堪能していると、隣に座っていた男性がフレンドリーに話しかけてきた。なんと、ホテルの創業者・共同オーナーのクラウディオだった。ローマ生まれの彼は、20代でイタリアを離れ、英国やスペイン、オーストラリアなどを渡り歩きながらファッションの世界でキャリアを重ねてきた。シドニーに暮らしていた約20年前にこの土地と出会い、2つのホテル経営に関わった後、2023年に「Further Hotel」をオープンさせたという。

     

     

     

     

    妻のマルティーンとホテルを立ち上げた背景には、どこも同じような大型リゾートへの違和感があったという。ゲストには、数百年続くバリの村の営みや、地域コミュニティの温もりに触れてほしい。そんな思いから生まれたのが「Further Hotel」だった。

    建築家へのリクエストは、周囲の景観にすっと溶け込み、まるで繭(コクーン)のように訪れる人を優しく包み込む、コージーな空間。「昔からずっとここにあったみたいに、建物が地面から生えてきたように見える、なんて言われることもあるよ」と、クラウディオは笑う。

     

     

     

     

    開業にあたっては、前述の「Oaken Lab」や「St. Ali」、ビストロ&バー「Bar Vera」といった才能あふれる友人たちに声をかけ、街の魅力を高めるコミュニティを共に築き上げていった。「最初に志を同じくするショップやカフェができたことで、自然と魅力的なお店が集まる流れができたんだ」と教えてくれた。

    印象的だったのは、ゲストから「サーフィンがしたい」「陶芸を体験したい」「寺院をめぐりたい」とリクエストがあったときのスタンスだ。ホテルですべてを囲い込むのではなく、まるで大切な友人を紹介するように、地域の信頼できる事業者へとゲストを繋いでいく。

     

     

     

     

    話の途中、バリ人スタッフが「独立記念日のお祝いです」と、伝統的なドリンク「Teh Tarik(テ・タリック)」を運んできてくれた。ほんのりシナモンなどのスパイスが香る、チャイラテを思わせる優しい甘さだ。カップを傾けながら、クラウディオはバリの暮らしの根底にある美意識について話してくれた。

    「バリ・ヒンドゥーでは、すべての場所に神や精霊が宿ると考えられている。だから住まいだけでなく、ショップやホテルにも必ず敷地内に小さな寺院がある。“チャナン”と呼ばれるお供え物を捧げ、朝・昼・夕と1日に何度も祈りを重ねるんだよ」

     

     

     

     

     

    バリの人々にとって、自宅にある寺院は先祖の霊を祀る大切な聖域。火葬後の遺灰や魂を納めて供養する場所でもあるため、家や土地は単なる不動産ではなく“代々守り継ぐべきもの”とされるという。そのため、先祖の霊が眠る敷地を他人に売却することは大きな宗教的タブーなのだとか。

    「満月や新月、大祭の日には誰もが伝統衣装に身を包み、儀式に参加する。これは地域コミュニティの一員として暮らすうえで、かけがえのない大切な営みなんだよ」

     

     

     

     

    ただ快適なラグジュアリーに身を置くのではなく、その土地が紡いできた歴史や信仰、コミュニティの息遣いの中に溶け込んでいく――「Further Hotel」での滞在は、旅と暮らしの境界線を心地よく曖昧にしてくれる体験だった。

     

    建築の美しさに惹かれて訪れたこの場所で出会ったのは、バリの街と人々に温かく迎え入れられるような、どこか懐かしく愛おしい時間。次にこの地を訪れるときも、きっとこの美しく光と影が織りなす「繭」のようなホテルで、バリの日常に溶け込む時間を過ごしたくなるはずだ。

Staff Credit

Written by Yumiko Takayama

Photographed by Yumiko Takayama

  • Further Hotel

    住所:Jl. Pantai Pererenan No.84, Pererenan, Kec. Mengwi, Kabupaten Badung, Bali 80351

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食べる、寝る、入浴する。
家と宿、それらがたとえ行為としては同じでも、旅先の宿に豊かさを感じるのはなぜなのか?
そんなひとつの問いから、yadoは生まれました。

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