Trip

Issue : 58

guntû|ガンツウで考えた、建築と変化のこと

建築家・谷尻誠が旅の中で綴る、泊まるように暮らすエッセイ。第三弾は、瀬戸内の海に浮かぶ宿『guntû|ガンツウ』。移ろう風景とともに、変化の中にある静けさを見つめます。

Profile

谷尻誠

建築設計事務所「SUPPOSE DESIGN OFFICE」設立。国内外多数のインテリア・住宅・複合施設プロジェクトを手がける。穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授。新しい考え方や関係性の発見をテーマに建築の可能性を提案し続けている。また、昨今は様々な事業を立ち上げる起業家としても活躍。22年4月にテレビ東京系列の「カンブリア宮殿」にも出演。今最も注目される、建築家。

  • 瀬戸内の海に浮かぶ小さな宿、guntû(ガンツウ)。
    ここで過ごした数日間のあいだ、最も強烈に心を揺さぶられたのは、景色が常に変わり続けるという体験だった。

     

     

    陸にある建築では、どんなに大きな窓を開けても、その先に広がる風景は固定されている。
    山はそこにあり、街並みも変わらず、海岸線もまた一定の輪郭を保ち続ける。

     

    けれど、guntûでは違う。
    客室の窓辺に腰を下ろしたままでも、時間が経つごとに風景は次々と移ろっていく。
    朝の光に浮かぶ島影、午後の青々とした水平線、夕暮れに染まる雲と水面、そして夜に浮かぶ漁火。
    ほんの数分違うだけで、そこに広がる景色はまったく別の表情を見せる。

    その変化を、ただ眺めているだけで飽きることがなかった。

     

     

     

     

    船という存在は、建築でありながら建築の枠を超えている。


    通常、建築は「止まっていること」によって定義される。

    土地に根ざし、環境に応答しながらも、基本的には動かない。

    しかし、船は建築的な要素を持ちながら、同時に環境の中を移動する。

    窓から見える風景は固定されず、絶えず流動している。
    それは単なる景色の移ろいではなく、建築と環境の関係性を根底から変えてしまう体験だ。

     

     

    陸にある建築では、外の景色を「どう切り取るか」が設計の重要な要素になる。
    一方で、guntûでは、その切り取られた景色自体が数分ごとに更新されていく。

    建築が一度きりの額縁を決めるのではなく、風景が自らを刷新しながら「動く絵画」として現れる。
    それは、船の建築性の魅力であり、guntûという宿が他と決定的に異なる理由でもあった。

     

     

     

     

    この体験は、時間の感覚そのものも変えてしまう。
    普段、僕たちは時計やスケジュールに縛られて時間を測っているが、ここではむしろ、風景の変化が時間の指標になる。
    島影が遠ざかり、太陽の角度が変わり、波の表情が変わる。

    そうして自然のリズムに従って一日が進んでいく。

     

     

     

     

    朝昼晩という区切りは、時計の針ではなく、外の景色によって与えられる。

    時間は均質なものではなく、光や風や景色の変化によって質的に異なるものとして立ち現れる。

    guntûは、そのことを身体で思い出させてくれた。

     

     

     

     

    建築はしばしば「どれだけ動かないか」という強さを求められる。

    地震や風雨に耐え、長くそこに存在し続けることが信頼を生む。

    だがguntûのように、風景の変化を取り込むことで成り立つ建築は、「動かないこと」に価値を置かない。

     

     

     

     

     

     

    同じ空間の中にいても、体験は一瞬ごとに更新されていく。
    その結果、宿泊という行為が、滞在を超えて旅そのものになる。
    guntû
    は宿泊施設でありながら、旅の本質をデザインしているのだと思う。

     

     

    夜、ベッドに横たわりながら、窓の外を眺めると、波に揺れる月明かり。

    普段であれば眠りにつくために目を閉じるはずが、いつまでも外を眺めてしまう。

    陸のホテルでは、窓の外の景色は夜になれば暗闇に沈み、ほとんど役割を失う。

    けれど、guntûでは、夜の風景もまた静かな物語を紡ぐ。
    そこには建築がつくり出す光と影ではなく、自然が生み出す光と影があり、それを受け止める器として建築が存在している。

     

     

    guntûでの数日を経て、僕はあらためて思う。
    建築とは「動かないもの」と「変わり続けるもの」のあいだにある存在だ。


    陸にある建築は動かないが、その周囲にある自然や都市は絶えず変化している。

    そこに気づく感性を僕たちはしばしば失ってしまうが、guntûに乗ると、その関係性が極端な形で表れる。

    動かない客室の窓から、変わり続ける風景を眺めることで、「変化を意識する力」が呼び覚まされるのだ。

     

    guntûという船のホテルが与えてくれるもの。
    それは、「変化を体験するための建築」という気づきだと思う。
    変わらないものの中に安心を見いだすのではなく、変わり続けるものに身を委ねる心地よさを知る。

    その感覚を、僕は今回の旅で確かに教えられた。

    これは、僕がこれから建築を考える上で大きなヒントになるだろう。

     

     

     

     

Staff Credit

Written & Photographed by Makoto Tanijiri

About

泊まるように暮らす

Living as if you are staying here.

食べる、寝る、入浴する。
家と宿、それらがたとえ行為としては同じでも、旅先の宿に豊かさを感じるのはなぜなのか?
そんなひとつの問いから、yadoは生まれました。

家に居ながらにして、時間の移ろいや風景の心地よさを感じられる空間。
収納の徹底的な工夫による、ノイズのない心地よい余白……。
新鮮な高揚と圧倒的なくつろぎが同居する旅のような時間を日常にも。

個人住宅を通して、そんな日々をより身近に実現します。